土浦×香穂子
あまあま
土曜日の午後、部活の終わった土浦くんに会うと、
彼はほんのり甘い香りを漂わせていた。
「…あれ、土浦くん、香水つてけてる?」
土曜日の午後、
部活の終わった土浦くんに会うと、
彼はほんのり甘い香りを漂わせていた。
一瞬きょとんとしてから、土浦くんは少しだけ気まずそうに、思い出したように言った。
「…ああ…、これは佐々木が…。」
土浦くんの話によると、新しい香水を買った佐々木くんが、自慢ついでに土浦くんにもふきかけたのだという。
「ふふ、佐々木くんらしいね。」
「そうだな。」
はは、と土浦くんが笑った。
「でも、土浦くんが香水だなんてなんだか新鮮。」
「気に入らないか?」
土浦くんが心配そうに私の顔を覗き込む。
「ううん、いいにおい。」
私がそう言うと、土浦くんは少し安心したように笑った。
「そういえば、お前はつけないよな、そういうの。」
「…あ~、
……面倒くさくて?」
そう言うと土浦くんは呆れたように笑った。
「まぁ、らしいけどな。」
「あはは~…らしい?」
「女らしくないだろ?」
土浦くんはそう言うとそっぽを向いて早足で先を歩いた。
「ちょっと、それってどういう意味~!?」
むっとした顔を作って彼を追いかけると、
土浦くんはいたずらっぽく笑って私の頭をくしゃっと撫でた。
「冗談だ。」
「……。」
私は髪が乱れちゃう、なんて思いつつも、私は黙ってうつむいた。
「…で」
すると土浦くんは私の頭にその大きな手を置いたまま、私の顔をのぞき込んだ。
「うわっ、な、何!?」
私は慌てて、土浦くんの体温につられて熱くなった顔を手で隠す。
彼は私の顔の温度を知ってか知らずか、
優しい笑顔でささやくように言った。
「香水をつけない本当の理由は?」
私はびっくりして土浦くんを見た。
相変わらず彼は優しい目でこちらをまっすぐ見ていて、
上手くごまかした自信があったのに、どうしてわかったのかとか、
真っ赤な顔見られちゃって恥ずかしいとかそんなの考える暇なくて、
…ただ、彼のきれいな瞳を前にしたら、嘘なんてつけなくて…。
「だって、土浦くんそういうの嫌いそうなんだもん…。」
顔が熱くて熱くて、でも土浦くんから目を離せなくて。
一種の拷問かしらと思いつつ、うつむきがちに彼の目を見た。
土浦くんは目をますます優しげに細めて、嬉しそうに笑って私の頭を撫でた。
不意に彼の甘い香りがして、その香りに包まれるように目をとじた。
暖かな吐息が香りと共に私を包む。
その暖かさに幸せを感じると、くちびるから暖かくてやわらかな幸福が、
身体中に満たされる。
ただただ感じる土浦くんの存在。
今この瞬間、
この世界にはふたりしかいない。
「なんでわかったの?」
それから、私は土浦くんに訊いた。
「なんのことだ?」
「香水をつけない本当の理由。
恥ずかしいから、出来れば言いたくなかったんだけどな。」
すると土浦くんは当たり前のことを話すかのように、
「わからないわけないだろ、
いつもお前のこと見てるんだか…」
途中まで言うと土浦くんは、しまったと言うように口元をおさえて、先々歩いて行ってしまった。
照れている。
私はその言葉と私にしか見せないぶっきらぼうな照れた態度がなんだかとっても嬉しくて、
土浦くんの香りに何も言わずに身を寄せた。
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